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山田さん、ニシンソバでした♪

 投稿者:えびよう  投稿日:2009年10月23日(金)10時49分47秒
  通報 編集済
  八千草薫さんの台詞ではないけれど、
「悲しいことには、きっと良いことがついてくる」
少し前に、知り合いの突然の死にあい、普通の思考が出来ないほどの悲しみの中にいた私の心に、光を与えてくださった山田さんのトーク、どの言葉も深く沁みてきました。

それにしても、やよいさんの取材能力は素晴らしい!
ほとんど書いてくれています。(*^^)v
ありがとうございます。

少しだけ補足しますね。

それから、

>あのことも・・・。

始まる前に、会場の前にいると、丁度山田さんが富澤教授(演出家)と歩いてみえるのをみつけ、ふたりでご挨拶しました。
山田さんの頭の中では、大学なので学生ばかりのイメージだったのでしょう、
「こんなのありですか?」
とあの照れ笑いで応えてくれて、
「学生には見えませんが(^_^)」
とこちらも返しました。

美大なので、モネ、マネ、の話もされて、
「優秀な画家には違和感があった。逆らうようなドラマ、なんだこりゃがマネかもしれない」
カフカの「変身」の話では、毒虫になった男性を家族が邪険にしてしまうことから、その毒虫を不良になった息子とか認知症になった老人とか置き換えて具体的なリアリズムだと話されました。

高橋講師(映画監督)が、
「太一さん(山田さんと言わずにこう呼ばれていました)は、ドラマの前に必ず取材をされると聞いていますが」
という質問をされて、山田さんは、
「どの仕事でも、プロなので信頼して任せますが、現場に取材に行くとその場所が焼き付くのです」
と言われていました。

天野 忠さんの詩「しずかな夫婦」を紹介されて、他者と言うのものはわからないと言う話しをされました。
その話の中で「とろろソバ」と言われていて、山田さんは何度も、うろ覚えで間違っていると思いますが・・・と言われていたので、調べてみました。


    「しずかな夫婦」    天野 忠

  結婚よりも私は「夫婦」が好きだった。
  とにかくしずかな夫婦が好きだった。
  結婚をひとまたぎして直ぐ
  しずかな夫婦になれぬものかと思っていた。
  おせっかいで心のあたたかな人がいて
  私に結婚しろといった。
  キモノの裾(すそ)をパッパッと勇敢(ゆうかん)に蹴(け)って歩く娘を連れて
  ある日突然やってきた。
  昼めし代りにした東京ポテトの残りを新聞紙の上に置き
  昨日入れたままの番茶にあわてて湯を注いだ。
  下宿の鼻垂れ息子が窓から顔を出し
  お見合だ お見合だ とはやして逃げた。
  それから遠い電車道まで
  初めての娘と私は ふわふわと歩いた。
  ―――ニシンそばでもたべませんか と私は云った。
  ―――ニシンはきらいです と娘は答えた。
  そして私たちは結婚した。
  おお そしていちばん感動したのは
  いつもあの暗い部屋に私の帰ってくるころ
  ポッと電灯の点(つ)いていることだった―――
  戦争がはじまっていた。
  祇園まつりの囃子(はやし)がかすかに流れてくる晩
  子供がうまれた。
  次の子供がよだれを垂らしながらはい出したころ
  徴用(ちょうよう)にとられた。便所で泣いた。
  子供たちが手をかえ品をかえ病気をした。
  ひもじさで口喧嘩も出来ず
  女房はいびきをたててねた。
  戦争は終った。
  転々と職業をかえた
  ひもじさはつづいた。貯金はつかい果した。
  いつでも私たちはしずかな夫婦ではなかった。
  貧乏と病気は律儀(りちぎ)な奴で
  年中私たちにへばりついてきた。
  にもかかわらず
  貧乏と病気が仲良く手助けして
  私たちをにぎやかなそして相性でない夫婦にした。
  子供たちは大きくなり(何をたべて育ったのやら)
  思い思いに デモクラチックに
  遠くへ行ってしまった。
  どこからか赤いチャンチャンコを呉(く)れる年になって
  夫婦はやっともとの二人になった。
  三十年前夢見たしずかな夫婦ができ上がった。
  ―――久しぶりに街へ出て と私は云った。
     ニシンソバでも喰ってこようか。
  ―――ニシンは嫌いです。と
     私の古い女房は答えた。



山田さ〜ん、ニシンソバでした。

山田さんは、学生さんへのサインも全く嫌な顔もされずに、気持ちを込めて応じていましたよ。
改めて、山田さんの驕りなど全くない人格には頭が下がりました。

私たちふたりは、終ったら少しご挨拶をと思っていたので、ちょっと離れたところにいたのですが、サインなどが終ったら、すぐ、山田さんの方から来てくださって、それもあろうことか、
「来てくださってありがとうございます」
と頭をさげられたのです。
恐れ多いです(-_-;)
少しだけ会話をして、
「お疲れ様でした、お気をつけて・・・」
と、心から言ってそこを失礼しました。

やよいさんの情報のおかげで得ることができた至福の時間も、あっと言う間でした。

やよいさん、新宿の夜も楽しかったですね。\(~o~)/
いろいろありがとうございました。


「本当はささやかなことやちょっとした微笑によって人は救われることがある」
本当に、私も山田さんとやよいさんの笑顔に救われました、元気もいただきました。
ありがとうございます。
 
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